イタリア・FATAR/Studiologic本社訪問レポート【Part1:History】

「FATAR」というブランドをご存知ですか?

この名前が冠された製品を目にする機会は殆どありませんが、ベテランキーボディストや電子楽器のカタログをじっくり読まれている方であれば、ご存知の方も多いのではないでしょうか。

実は世界中の鍵盤奏者が知らず知らずの間にお世話になっている、数少ない「鍵盤メーカー」、それが「FATAR(ファタール)」なのです。近年では電子楽器やMIDIコントローラーを製造する自社ブランド「Studiologic」も展開しており、こちらの方が有名かもしれませんね。

そんなFATARの本社&工場・・・キーボーディストならば気にならない訳がありません。滅多にない現地訪問の機会を得て、鍵盤堂特派員が潜入致します!


Recanati

FATARの所在地は、イタリア共和国はマルケ州マチェラータ県レカナーティ(Recanati)。

小高い丘の上に、城壁で囲まれたかつての都市国家。中世の街並みを残す、小さな街です。


レカナーティの中心部から、アンコーナ方面に数キロの道のりを経て、FATAR本社&工場に到着。イタリア国旗とEUの旗と並んで日の丸を掲げて迎えて頂きました。
早速、社長のMarco Ragniさんにお会いして、FATARについてお話を伺います。

CEOのMarco Ragni氏

FATARとは?

まずは、私達の会社FATARについて説明しましょう。FATARはご存知のとおり、キーベッド(鍵盤ユニット)を製造する会社です。

FATARは、私の父であるLino Ragniによって1956年に創業され、60年以上の歴史を持っています。父が常々私達に伝えていた、FATARの経営理念がこちらです:

音楽は芸術であり、「キーベッド」はミュージシャンに最適な表現力とタッチを提供することで、彼らの情熱を音楽に変換する手段となります。
私達FATARは、ミュージシャンのために、伝統を尊重しながらも革新続けることで最高の製品を開発することをお約束します。

次に、FATARの製品ラインナップをご覧いただきましょう。

キーベッドには大きく分けて4つのカテゴリーがあります。電子ピアノ用のGrandTouch、シンセサイザー用のFastTouch、コンソールオルガン用のWaterfallTouch、クラシックオルガン用のClassicalTouchの4カテゴリーで、40種類以上の様々な機構を持つ製品がラインナップしています。

また、FATARはキーベッドの構造/製造に関して20以上の特許を取得しています。

そして、オルガン用の足鍵盤やサスティンペダル/フットスイッチ、ボリュームペダル、モジュレーションホイールやジョイスティックのアッセンブリ、ボタンやノブ等の樹脂パーツ、ゴム足、そしてキーボードやスピーカーのプラスチック筐体に至るまで、多岐に渡ります。

こうした私達の製品を採用して頂いている、現在の主な取引先をご覧ください。これでもほんの一部です。

説明の必要はありませんね(笑)。

 

現在、10,000平方メートルの敷地がある本社にはキーベッドの製造工場の他に研究開発、マーケティング、Studiologic製品やOEM製品の組み立て、物流等の各部門が存在しており、75人の従業員が働いています。また、地中海を挟んで対岸のチュニジアにも4,500平方メートルの工場を持っており、120人の従業員が主にキーベッド等の部品の製造・下処理を行っています。北アフリカのチュニジア、と聞くと驚く方もいるかとは思いますが、近くの空港から片道1時間程度の距離なんですよ。


FATAR創業ストーリー

FATARは、私の父であるLino Ragniが1956年に創業した企業で、私が2代目の経営者になります。これからその歴史についてお話します。

創業者、Lino Ragni氏

アコーディオン職人として。

父は、元々彼の父・・・私の祖父ですね・・・と共に、とあるアコーディオン工場で職人として働いていました。レカナーティの隣には、現在でもアコーディオン製造で有名な街であるカステルフィダルドがあり、この一帯は非常に多くの会社がアコーディオンを製造し、世界中に輸出していたのです。しかし、様々な要因によりアコーディオン産業は衰退し、多くの会社が規模を縮小、廃業せざるを得ない状況に陥ります。残念ながら父の会社も例外ではありませんでした。

レカナーティから見たカステルフィダルド。鍵盤堂が輸入・販売を行うBUGARI、Piermaria、Mengasciniをはじめ、現在でも多くのアコーディオンブランドが存在する、アコーディオン製造の聖地です。

当初は祖父がリストラの対象だったのですが、父が代わって会社を出ました。父には、新しい仕事をはじめる若さと情熱があったからです。景気が悪くなったとはいえ、周囲に50社近くの楽器工場があり、アコーディオンやオルガンを製造していました。父はまずアコーディオンやオルガンの製造過程でも、非常に手間の掛かるキーベッド(鍵盤ユニット)の組み立てを請け負う仕事を始めました。工場を訪問し部品を受け取り、組み立てて納品する、という感じです。当時の不景気下のイタリアでは、どの会社も多くの従業員を雇う余裕はなく、こうした外注というスタイルが歓迎されていたんです。

工房を新しく開く余裕もありませんでしたから、自宅の寝室に置いた机が作業場でした。ちなみに、このとき父が使っていた作業机が、このFATAR本社会議室に置いてある机です。

創業者Lino Ragni氏の作業机。右の二人は彼の兄弟で、同じくFATARの経営に携わりました。
長年の作業により、机上の至る所が波打つように磨り減っています。鍵盤職人企業の原点。

キーベッドの組み立ては手間の掛かる作業です。父はその技術で順調に取引先を増やしていきました。

その過程で、彼はその機構に改良を加えたり、独自のキーベッドを作ったりして楽器メーカーに売り込んでいきます。パーツを渡して組み立てて貰うより、性能の良い完成品を仕入れた方が効率的ですからね。こうして10年足らずの間に、周囲の楽器メーカーはほぼ全て父の作ったキーベッドを使って楽器を製作するようになりました。鍵盤メーカー「FATAR」のスタートです。

父は現状に満足することはなく、常に既存の製品の改良や新しいメカニズムの探求、そして工作機械への投資を続けていきました。高い作業効率を実現し、新しい製品は常に「より良い性能で、より低価格」を実現していました。こうして会社は大きな成長を遂げたのです。

伊BUGARI社のアコーディオンの鍵盤製造の様子(FATARは現在はアコースティック・アコーディオン用の鍵盤は製造していません)

「FATAR」という社名の由来は、Fabbrica(Factory=工場)の「FA」、Tastiera(Keyboard=鍵盤)の「TA」、創業者の苗字Ragniの「R」を繋げたものです。Ragni鍵盤工場、という意味ですね。

電子楽器鍵盤メーカーとして

1970年代になると電子楽器の台頭により、伝統的な楽器メーカーは大打撃を被ります。数多くあった周囲の工場も、1980年代半ばまでに多くが廃業し、今では僅かになってしまいました。父もこうした流れを見越して、電子楽器の鍵盤の製造にシフトしていきます。フランクフルトのMusikmesseや、アメリカのNAMM Showにブースを出展、様々な楽器メーカーにその製品を売り込みました。この決断は大正解で、アメリカを始め、世界中の大手楽器メーカーはFATAR製キーベッドの品質とリーズナブルな価格に注目し、次々に自社でのキーベッド製造を止めてFATAR製のキーベッドを採用するようになりました。

1980年代~90年代頃から、そして現在もなお、FATARは欧米で唯一のキーベッド製造メーカーとして世界中の鍵盤楽器を支えているのです。

世界中の電子楽器メーカーとの関係やトレードショウでの様子が判ります。中央にはロバート・モーグ博士のお姿も。

90年代には、日本の楽器メーカーが市場を席巻します。ヨーロッパでの楽器生産の拠点として、ローランドやコルグ等の日本企業はこの地域に工場を構え、FATAR製のキーベッドの大切な顧客となりました。更に大きな取引先となったのがカシオです。おもちゃのキーボードから本格的なキーボード市場への参入に伴い5年間の間に膨大なキーベッドを納品しました。

しかし、順風満帆な時代はいつまでも続くわけではありません。中国製の安価なキーベッドの台頭や、大手メーカーがキーベッドを自社製造に切り替えた事等が影響し、私達のシェアは徐々に低下していきました。

しかし、一時期完全に取引を停止していたローランド等のメーカーも、一部の製品で再び取引を再開しています。一部はキーベッドをイタリアから中国等世界中の工場に送り、そこで組み立てていたりします。

 

私達は常に最高の品質のキーベッドをリーズナブルなプライスで提供している自信がありますが、どうしても取引先の業績や意向に左右されることで、何度も浮き沈みを繰り返しているのです。

自社製品の開発、そしてStudioLogicブランドの設立

高品質なキーベッドの製造を続ける傍らで、不安定な売上をカバーするための新たな挑戦は、自社ブランドを冠した製品の製造・販売でした。初の自社製品は、NOVELというブランドで、1984年に主にヨーロッパ市場向けに発売されました。「コモドール64」というパーソナル・コンピューター用のコントローラー・キーボードとソフトウェアのセットで、「MUSIC 64」という製品名でした。

当時コンピューター用のコントローラーキーボードは他に存在しておらず、正にパイオニアと呼べるものでした。コモドール64は容易に音を作ることができるポテンシャルを持つコンピューターであったため、基本的なソフトウェアも開発してパッケージ販売を行ったのです。

独自の音源チップ(SID)を搭載したコモドール64.このチップからElektron最初の製品SID Stationが生まれたのは有名な話ですね。

86年には、FATARブランドでツアーケースと一体型という斬新なデザインの88鍵MIDIマスターキーボード「STUDIO88」を発売します。これは当時、世界で最も本格的なプロフェッショナル・マスターキーボードでした。

そして5色のカラーバリエーションとスケルトンカラーで世界中に衝撃を与えた初代iMacの時代には、同様にカラフルなバリエーション展開を持つ「STUDIO49」というコンパクトなマスターキーボードを発売し、好評を得ることができました。

もちろん、この他にも様々な製品を開発・発売しており、FATARブランドのマスターキーボードは特に欧米のマーケットにすっかり浸透していきました。この時点では、競合する製品をつくるメーカーが少なかったことも成功の要因でした。

2001年に、私達は自社製品の新しいブランド名として「Studiologic」を立ち上げます。FATAR製のキーベッドを使用している楽器メーカーからの要請があったこともあり、別ブランドでの製品の製造に切り替えたのです。

しかし、欧米で浸透していたFATARブランドを変更したこと、また中国等の国で製造された安価な製品が出回り始めたこと等、様々な要因が重なり、Studiologicブランドのマスターキーボードの売上げは徐々に落ち込んでしまいました。

私(Marco Ragni)がFATARに参加したのはちょうどこの頃、2006年のことです。父からの要請の応えての合流でした。

当時の私は家業を継ぐことに抵抗があり、何か別のことをやりたいと家を出ていました。大学では電子工学を勉強し、エンジニアとして別の会社で働いていました。とはいえ卒論のテーマに至っては「Sound Synthesis」だった位ですから、この世界に戻ってくるべくして戻ってきた訳ですね(笑)。

幼少期、FATARの工場は実家に隣接しており、常に鍵盤楽器、そして音楽は身近なところにあり、生活の一部でした。小さなMarco少年は工場が遊び場で、よく工場内を引っ掻き回して怒られていたものです(笑)。家族経営の会社でしたから、父も母もそこで働いており、工場のスタッフにはよく面倒を見てもらっていましたから、彼らも家族同然です。

私がFATARに合流した直後、Studiologicブランドは大きな改革を行います。FATARの製造部門への適切な投資を継続する一方、Roland、KORG、GeneralMusic、FARFISA、VISCOUNT、その他様々な楽器メーカーで豊富な経験を持つ優秀なスタッフが合流し、より本格的で独自性のあるStudiologic製品の開発に着手します。

その結果2008年に生み出されたのが、従来の自社製品や競合ブランドの製品とも一味違う、イタリアならではの美しいデザインを取り入れたマスターキーボード「Numa」、そして私達の製品では初めて音源を内蔵したキーボード「Numa Piano」「Numa Organ」でした。

 

単なるマスターキーボードにOEMの音源を入れただけの安易な製品ではなく、その独自性、革新性を持った製品は直ぐに大きな注目を集めました。フランクフルトのMusikmesseで早速MiPa(※)アワードにノミネートされるなど、Studiologic製品は電子楽器のイノベーターとしての立場を確立したのです。

※MiPa:Musikmesse International Press Award・・・ムジームメッセ出展品の中から世界中のメディア/プレス関係者によって選出・授与される賞。

更に2010年にはブランドロゴを一新、より洗練された製品ラインナップを展開しています。ここから現在に至る製品は皆様ご存知ですよね。FATARにおけるStudiologic部門の占める割合は年々増加しており、今や私達にとって欠かせないブランドです。世界中からのバックオーダーを抱え、生産能力が追いつかない程の成長を遂げており、嬉しい悲鳴を上げています(笑)。

例えばNuma OrganはJoey Defrancescoをはじめとする有名プレイヤーに「今までのハモンド・クローンの中でベストだ」という評価も頂いておりますし、SLシリーズ・マスターキーボードは例えば欧州の大手通販サイトThomanのカテゴリ別ランキングでトップの常連、一番売れている88鍵のマスターキーボードといえるでしょう。私達のキーボードは、その品質、機能、そして価格の面で、最もバランスの良い製品であることが、こうしたデータからも証明されています。

 

では、エスプレッソを一杯飲んだら、工場に行きましょう!

 

波乱万丈なFATARの歴史、本当に興味深いお話でした。今思うと、あの鍵盤も、あの鍵盤もFATARだったんだなぁと。本当にお世話になっています・・・!
次回はいよいよ工場への潜入レポート。苦境を乗り切り、FATARが世界中の楽器メーカーから絶大なる信頼を集めるに至った理由に迫ります!
<Part2に続く>

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