#2 Pro Tools マスタークラス・セミナー「グレゴリ・ジェルメンが語る最新R&Bサウンド・ミキシング・テクニック」レポート~ボーカル編
「音楽に夢中になったきっかけはUKのトリップホップ。」
その後、日本の音楽に触れ、レコーディングエンジニアを目指す為、20歳の折に来日。
現在は、レコーディング/ミキシング・エンジニアとして第一線で活躍されている Gregory Germain / グレゴリ・ジェルメンさん。
その技、そして考察を聴かせて頂くプレミアムな講習会、前回からの続き。
少し機材のお話。
普段、アナログ・ハードウェアを使用しているグレゴリさんのシステムにも、Universal Audio『UAD』の姿が。「アナログ機器を再現する色々なプラグインがありますが、やはり、UADは飛び抜けている。」と。「本物に近い音が得られます。」
ただし、UADは、DSPの上限もあり、かつ「(他社のプラグインと)レイテンシーが異なるので」メインとなる様な1本モノのトラックには『UAD』プラグインを使用しながらも、複数のトラックで同じパートの役割をになう様な場面等、複数のプラグインを立ち上げる場合は、「位相管理の為に」UADはあまり使われる事はなく、他社プラグインを使用している、とのこと。
■Universal Audio / UAD 製品一覧はコチラ>>>
さて、本篇は、いよいよメインとなるボーカル処理の解説に。
今回の楽曲、BananaLemonの『JOYRIDE (#SorryNotSorry pt.2)』では、2人のメイン・ボーカル・パートとラップがあります。
「結構、歌にはかけてます。」
◆ボーカル
リード・ボーカル。
バス・トラック、別のフェーダーを作成して、「パラレルコンプ」として使用。「パラレルコンプ」のバスは、曲によって使わなかったり、1本or2本をチョイスして使ったりするとのこと。
普段は、バス・トラックとしてEmpirical Labs『Distressor』、TUBE-TECH『CL-1B』の2種のハードウェア・コンプレッサーをインサートしたフェーダーを用意。
今回は、デモンストレーション用に、in th box仕様としてプラグイン版Distressor『AROUSOR』とSoftube『CL-1B』プラグインを使用。
「重要なのは、これはDSPベースのプラグインでなければ駄目。基本的に、パラレルコンプは、ネイティブの時にはあまり使いません。レイテンシーが出てしまうので。位相が崩れちゃうんです。」
リード・ボーカルのプラグインでは、まず、はじめにMassenburg Design Works『MDW Parmetric EQ』。「ローカット・フィルターとして使ってます。めちゃくちゃ音がいい。」
その後で、fabfilter『Pro-MB』。「ボーカリストとマイクの距離が変わった時の音の変化をダイナミックでコントロールしています。その後で、また別のEQ(fabfilter『Pro-Q2』)をかけて。」
「その後ろに、ほんのちょっとだけピークをコントロールする為にWaves『CLA-3A』を。行っても-3くらい・・・」
そして、KUSH『Novatron』。「この開発者(Gregory Scott)は、いわばコンプの“おたく”なんですね。これは、Tubeコンプの好きなところだけを集めてひとつのプラグインにした、というプラグイン。結構FATになります。これは、コンプのトーンだけを狙っての処理ですね、コンプレッションというよりは。」
その後で、「ちょっと暗かったので、UA『Pultec』で軽く高域をブーストしています。」
そして、シンセパートでも使用したeiosis『AirEQ』を。「今回は、Airバンド(超高域)のみかけています。」
「これで随分、ボーカルが自分の前にいる感じになって来ました。ここまで来ると、ちょっと“サシスセソ”が激しくなってくるので、最後にディエッサーfabfilter『Pro-DS』を。トラックを見てもらうと判りますが、ディエッサーは、普段は頭の方に挿しています。これは、マイクによって、一番頭か、一番最後かが決まります。今回は、Chandlerの『REDD Microphone』で録りました。REDDマイクはあまりシビランスが出ないので、今回は最後にかけました。」
そして別に用意したボーカル用のバスに・・・
「ここでは、Brainworx『Black Box Analog Design HG-2』、アナログの真空管ボックスの実機のシミュレーターですね。面白いのは、サチュレーションのところにLow,Flat,Hiがあって、自分の場合は、男性ボーカルにはLow、女性ボーカルにはHiとう感じで使い分けています。EQを使うよりは、こちらで高域を上げて、という感じで使っています。」
その後でSonnox『Oxford Inflator』。「これはマスターに使う人が多いのですが、僕はボーカルに使います。リミッターよりもうちょっとナチュラルな感じ。この中の「CURVE」というパラメーターは、上に行くと高域が出て、下に行くと低域が出るのですが、これでちょっとだけ高域を上げています。」
「そこから、どうしても気になるところがあれば、別のEQで削って、その後、これもAirバンドが付いているEQ、Maag『EQ4』を使って、超高域と、今回の楽曲はファットな感じなので、歌が埋もれてしまうので、低域を少し持ち上げています。」
— eosisとMaagの使い分けは?
「EQの特性で使い分けています。このMaagの160Hzがイイので、ここで使っています。」
「最終的には、この歌は通常、全部アナログのコンプにまとめます。」
そして「結構激しく変動するので、コントロールの為にちょっとだけリミッターMcDSP『ML4000』をかけます。」
「楽曲の中でも、曲の場所によって結構プラグインは変わっています。」
「例えば、ラップのこの場所ではAvid『Tape Echo』のMixのノブにオートメーションをかけています。(ショートディレイが増減する効果。)こうして次のセクションへ繋がる様な場面転換を行っています。」
「一部のラップのパートには、ディストーション気味になるまでコンプ(Avid『BF-76』)をかけています。その場合、気を付けなければならないのは、元のブレス部がクリップ・ゲインとして目立ってしまうので、元のブレス部は全部下げています。そうする事で、ここまで激しいコンプをかける事が出来ます。」
「そこから、EQ(『Pro-Q2』)で整えて、Soundtoys『EchoBoy』をほんのちょっと。」
「途中から、SPLのディストーション『TwinTube』を2段階かけています。結構下げないと、ヤバいことになるんですが(笑)」
「あと、単語によってもエフェクターを変えたりしています。例えば、今回の「Knock,Knock」のところには、Avidのペダルのディストーション(『Black Op Distortion』)を加えたり。
あと、「カキクケコ」を削ったりしています。」
「サビのボーカルは、STYさんが言うところの「壁」と表現しているのですが、僕は、ひとつの楽器の様にとらえていて、バスで音を作ってゆきます。メインにはディエッサーと、ちょっとしたEQ位。あとはバスで重ねて。」
「Massenberg『MDW Parmetric EQ』で、ローを削って、Avid『EQIII』7band EQで更に削って、コンプ(McDSP『CompressorBank CB303』)。ロースレッショルド、アタックは最速。」
— EQを2つ重ねる理由は?
「EQって、切っても残るんですね。なので、2つのEQを重ねています。」
「その後、リミッター(『ML4000』)を 結構激しくかけています。ただし、アルゴリズムでSoft等を選べば、クシャクシャっとはならないので。」
「ガヤにも結構ディレイ、ディストーションをかけて、ON/OFFさせたりしています。」
・・・
いやはや、「怒涛」!そして・・・
— 残響系にはどのような?
「ショート・リバーブ、ショート・ディレイ、長いリバーブ、あとトラップ系ですね。」
「今回のスラップ・ショート・ディレイでは、テープのプラグイン(Waves『Kramer Tape』)をディレイ用として使っています。」
「加えて、OVERLOUD『Dopamine』、ドルビーの再現エフェクトを入れて、そのままだと低域が一緒に持ち上がるので、『Pro-MB』で、歌のロー、ミッドをコントロールしてからかけています。」
「リバーブには、ValhallaDSP『Valhalla Room』を使用しました。この曲では、空間は求めていないので、チャンバーみたいなサイズ感のリバーブを使っています。」
ハードウェア:
■Empirical Labs『Distressor』
■TUBE-TECH『CL-1B』
■Chandler『REDD Microphone』
プラグイン:
■fabfilter (Pro-MB, Pro-Q2, Pro-DS) 製品一覧はコチラ>>>
■Waves
・CLA-3A 単品製品>>>
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[含まれるバンドル製品]>>> Tape,Tubes&Transistors, Dave Clarke EMP Toolbox, ★Horizon【スペシャルオファー中】, ★Mercury【スペシャルオファー中】
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■Universal Audio / UAD (Pultec) 製品一覧はコチラ>>>
■eiosis (AirEQ) 製品一覧はコチラ>>>
■Sonnox (Inflator) 製品一覧はコチラ>>>
■McDSP (ML4000, CB303) 製品一覧はコチラ>>>
■Soundtoys (EchoBoy) 製品一覧はコチラ>>>
■OVERLOUD (Dopamine) 製品一覧はコチラ>>>
ここまで披露頂いた例で判る通り、壮絶な組み合わせのエフェクター/プラグインを使用されているグレゴリさん。
「僕の頭の中に、いろんなプラグインの組み合わせが入っています。ひとつのプラグイン、というより、プラグインのチェインですね、“このケースでは、このチェインを使う”、という様な。例えば、R&B系のキックではコレとコレ、ロック系のキックだとコレとコレ、という様に。これまではそれを全て暗記していたのですが、ようやく、Pro Tools にトラック・プリセット機能が付きましたので、今、これまでの自分のチェインのプリセット・カタログを作っているところです。」
そして、最終段。
◆マスター
「ミックス後段のマスタートラックはシンプルです。」
UAD『BAX EQ』でローを削り、iZotope『Ozone』に。「『Ozone』は、曲によって用途が変わります。テープを入れたり、コンプを入れたり。EQは、Pultecの様に使っています。Imagerは、今回はミッドレンジ、少し上のあたりだけ、音を広げています。
Ozoneの中のリミッターは、仮のリミッターで、マスタリングに送る際は、全てオフにしています。」
マスタートラックがシンプルな理由。
「マスターで作り込むと、全体のミックスをちょっとサボる感じになるので(笑)、マスターはシンプルにしています。」
■Universal Audio / UAD (BAX EQ) 製品一覧はコチラ>>>
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今回、披露頂いた作品、BananaLemonの『JOYRIDE (#SorryNotSorry pt.2)』は“配信のみ”のリリース。
「現在は、どちらかというと、配信がメインとなっています。CDの時代には、“誰が一番音が大きいか”で競争していた時代がありましたが、現在は、配信側のアルゴリズムで過剰な音声はレベルが抑えられてしまうので、ある基準の-16LUFS付近を気にしながらミックスを進めています。」
昨今のCD用マスタリングで行われていた基準でマスタリングをすると、レベルは大きくなる一方でダイナミックレンジが狭くなっており、近年の配信では、それが為に逆に音量が小さくなってしまう、という事象が生じると。
そこで、現在は、「リミッターを完全にあきらめて、LUFSのメーターを見ながら、」の作業になっていると。
現在、よく使っているメーターは、Waves『Loudness Meter』。これをマスターのリミッターの前で確認。
マスターには、リミッターを使用しない分、ドラム・トラックにも使用していたSIR Audio Tools『StandardCLIP』をスタンバイ、「この中のRMSメーターも結構見ています。」
また、Pro Tools 上のRMSも使用、現在は、おおむねこの3種のメーターでレベル管理をされているとのこと。
「配信は、レベル監視が結構厳しいので、気を付けて下さい。」
■Waves
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研究熱心なグレゴリさん。
そのお仕事では、経験とアイディアが結晶したいくつもの技が、日々、実践されています。
今回、披露されたエピソード、その一部。
「ミックス時のパートに関しては、ドラムは赤、ベースは黄色、という具合に色を付けてすぐに判る様にしています。」
インターフェイスでのDA変換・・・
「ドラムは、Pro Tools の中ではまとめません。Pro Tools の中のバスでまとめると、中の計算が増えるので、各音をそのままDAしています。」
Pro Tools でのコミット機能・・・
「今回も、あるひとつのトラックを複製して、様々な処理を加え、別トラックとして使用しています。その際、複製したトラックの処理を終えたら、僕はどんどんコミットします。そうすると重い性能のいいプラグインをたくさん使えます。例えば、生のドラム・トラックでSlateのトリガーを使用する際、そのまま使い続けるとCPUの負担や位相のズレが大きくなるので、こうした際もコミットします。出来るモノはどんどんコミットして、オフライン処理にしています。」
そして、最終、グレゴリさんは、バウンスではなく、コンソールミックスで「録音」し、自身の仕事を収めます。
ミックスで、毎回、何かサプライズな要素を盛り込む、というグレゴリさん。
「音楽は楽しいから(笑)」
— ところで、今回、こんなにたくさん披露されて大丈夫ですか?
「勉強しているので、大丈夫。」
(レポート by S.N.)
【profile】
Gregory Germain / グレゴリ・ジェルメン:
フランス生まれ、パリ育ち。日本の文化に憧れて10代の頃から様々な日本の音楽に触れる。20歳で来日し、レコーディングエンジニアを目指す為、音楽専門学校へ入学。
卒業後は、スタジオグリーンバードでアシスタントとして数多くのメジャーアーティスト、バンドの作品に参加。
日本語、英語、フランス語の三ヶ国語を巧みに操り、海外アーティストはじめ、海外プロデューサーとのセッションにも参加している。そして、2011年Digz, inc Groupに入社。
https://www.gregory-germain.com/
BananaLemon
https://www.bananalemon.jp/
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