レポート「スタジオ・グリーンバード IR 保存プロジェクト」~Altiverb IR 収録の模様
2020年3月末をもって歴史を閉じるStudio GREENBIRD。
多くの名作が吹き込まれたSTUDIO 1。
そこに並べられたマイクロフォンの数々。
しかしながら、メイン・スタジオには、演者、プレイヤーの姿が見えません。
コントロール・ルームには、この方。
レコーディング・ミキシングエンジニア 古賀健一さん。
そして、スタジオ内で繰り広げられていた光景。
当日、プロジェクトの開始時より、すぐに始められたメイン・スタジオの計測作業。
緻密な作業を担当する、映画界における第一線のエンジニア達。
音響効果 岡瀬晶彦さん
録音技師 冨田和彦さん
角川大映スタジオ・サウンドエンジニア 田中修一さん
広い床に何本ものメジャーが行き交い、ミリ単位に計測され、スタジオ床上の各所にマーキングが施されていきます。
その点上。
等間隔に配置された、複数のGENELECモニタースピーカー。
スピーカーからの距離、高さまでも厳密に計測され、配置されてゆくマイク群。
ふと顔を上げると、スタジオ、コントロール・ルームには、
レコーディング・ミキシングエンジニア 藤原暢之さん
レコーディング・ミキシングエンジニア 中村研一さん
レコーディング・ミキシングエンジニア 林 可奈子さん
ドラム・テクニシャン 北村優一さん
プロデューサー、ギタリストとしても活躍されている 坂本夏樹さん
Victor Studio 丸山武蔵さん
更には ASIAN KUNG-FU GENERATION 後藤正文さん
の姿も。
錚々たるメンツが集まった、スタジオ・グリーンバード STUDIO 1。
この場は一体???
これよりさかのぼる2020年2月より、古賀さんのSNSから発信されていた投稿から・・・
「スタジオ・グリーンバードIR 収録の件
営業終了するスタジオのサウンド(響き)を後世に残したいと考え、各本面の皆様に協力いただき、正式に実施することになりました。
(中略)
言い出したからには、正攻法でやりたいと思い
ステレオ収録はもちろんのこと
映画方面のサラウンド経験の豊富な音声技師の方にもご協力いただき
サラウンド(QUAD)の収録も致します。
(中略)
AUDIO EASEともやりとりさせていただき、本国での収録方法に極力近づけて実施します。」
オランダのAUDIO EASE社を代表する製品『Altiverb』。「場の音を再現する」コンボリューション・リバーブ。
コンボリューション・リバーブ(convolution reverb) = 「音響特性をサンプリング」して、場の音響、あるいは機器の持つ音響を再現する空間エフェクター。
音楽制作シーンにおいては、世界各国の著名スタジオから、由緒あるコンサートホール、広大な教会に至る「響き」を 対象とする音素材に使用出来る“魔法のツール”として多くのプロジェクトで使用されています。
また、ライブ・レコーディングにおいては、会場の“響き”を同時に記録しておき、後のミックスで使用、リアリティの再現に活用されています。
映画、ドラマの収録においても、撮影シーンの「音場」をとらえる行為は、いまや日常的な所作になっています。
そして、業界標準のコンボリューション・リバーブとしてシーンをけん引している代表銘柄こそが、AUDIO EASE『Altiverb』です。
『Altiverb』をはじめとするコンボリューション・リバーブにおいて、音場の再現となる要素が、「IR = Impulse Response」。
IRを収録する事が、「場の音響のサンプリング」、なのです。
今回のプロジェクト:そのIR収録を「正攻法で」、メーカーAUDIO EASEの“オフィシャルな”手法にとことん則って、スタジオ・グリーンバードの音を記録する、という発想。
「正攻法」での実行にあたって、要となるツール。
マイクロホン:DPA 4006A 無指向性コンデンサーマイク
スピーカー:GENELEC 1032
これが“オフィシャル”のツール。
今回のIR収録にあたっては、RME『UFX』オーディオI/Fを経由して、AVID Pro Toolsソフトウェアに録音されました。
録音システムには、究極のクロックマスターAbendrot社『Everest 701』の姿も。
そして、「正攻法」でのIR収録にあたっての重要な要素。
マイキング。
『Altiverb』のIR生成の為のマイキングは、「1本からでも可能」です。
しかしながら、今回のプロジェクトで採用されたのは、
「QUAD(クワッド)収録」。
より高次な音場の再現の為、4本のDPA 4006Aが準備されました。
Altiverbの場合、「QUAD(クワッド)」収録により、「Mono」、「Stereo」のみならず「5.1ch」のバス/トラックにも対応するリバーブが作成出来ます。
古賀さんは、クアッド・マイクでの収録にあたり、「僕にはクアッドでの経験がなかったので、岡瀬さん、冨田さん、田中さんにお声がけをしました。」
こうして実現された、音楽制作、映画制作といったシーンを超えた豪華なコラボレーション。
コントロール・ルームで古賀さんが録音機器のレコーダー部の設置を進める一方のスタジオ内で、精密な計測を繰り返す、目を見張る作業風景。
その場の誰しもが初めて臨む、「正攻法でのIR収録」。
その為に目指した、精密な機器の配置。
その実行の為に、様々な「現場の知恵」が引き出され、応用されてゆきます。
それぞれが第一線のお仕事をされている、現役の一流エンジニア達による、流れるような連携。
数時間をかけて設置された機器群。
GENELECに向かうDPAマイクロホンに併設された、Neumann、SCHOEPS、AKG、更にはEhrlundという新旧の名機たち。それは、古賀さんの采配による、プラス・アルファの収録。
「僕の最初のコンセプトは、機材を含む、グリーンバードの響きの収録でした。」
あえて、オフィシャルではない、グリーンバード機器群による、オフィシャルにとらわれない「スタジオ・グリーンバードの音」の記録。
例えば
「グリーンバード・スタジオにNeumann M49が4本あるのを知っていたので、非常に有効だと思い」、DPA 4006と共に並べられました。
数々の歴史を収録してきたM49、及びAKG The Tube、SCHOEPS CMC55-Uといったグリーンバード・スタジオ所有のマイクロホンに関しては、
「グリーンバードのサウンドを残すために、あえて卓のNEVE VRのHAを使っています。」
更に、「よりアナログに近づけるのがコンセプトなので、正確に残響をAD/DAする為、Abendrot『Everest 701』も今回の主旨に合うと思い、Master Clockとして使わせて頂きました。」
正攻法の為に用意された“オフィシャル”マイクDPA 4006Aは、より正確な収音の為、あえてRME UFXヘダイレクトに入力され、「ゲインを完璧に合わせるため」UFXのHAで寸分違わぬマッチングが取られました。
更には、バイノーラル録音に対応するためにダミーヘッド・マイクNeumann KU100、正確なトランジェントと周波数特性が評価されてのエントリーとなる、三角ダイアフラムで知られるEhrlund EHR-Mの姿も。
マイク群は、DPAに準じて、あるいはそのマイクの得意とするセッティング位置に配置されます。
こうして、凄まじいまでの点数の“プレミアムな”マイク群がスタジオ内一面に並べられました。
すべてのマイクが向けられた先には、3本のGENELEC 1032。
Altiverbにおいて、シンプルに1本のスピーカーのみでもIR収録が可能であるところ、3本の1032で収録が試みられた理由は「Stereo In – Stereo Out」のリヴァーブ生成もカバーする為。
L、センター、R、同一線上に、横並びに配置された1032。その配置に向け、厳密に、スクエアに配された4本のDPA 4006A。
セッティング完了後、すぐにIR録音、本番の開始です。
誰もいないスタジオに大音量で鳴り響くSWEEP(スィープ)音。
このスィープ音のファイルは、AUDIO EASE社が用意している、5Hz~22kHzのスィープの前後に、反響時間に応じたタイミングで瞬間的なブリープ音が加えられたもの。
「今回は、AUDIO EASE推奨の30秒のスィープをメインで使用しましたが、予備の意味で100秒のスィープも収録しました。」
センター、L、Rに配置した1032スピーカーから発せられる、AUDIO EASE社規定のスィープ音。
実際には、センター、L、R、それぞれのスピーカーを1本ずつ単独で鳴らし、それぞれを4本のDPAマイクで録音する、という作業が行われます。
「1本ずつ録音するのであれば・・・」
響きの誤差、を少しでも無くすため、用意された1032スピーカーすべての中から、最も音の印象が良い1本を選抜。その1本をセンター、L、Rへと置き換えての収録が実行されました。
3カ所からのスピーカー音声収録が無事完了。
今回試みた「QUAD(クワッド)・マイキング」でのIR生成は、「AUDIO EASE社への依頼」となる為、この日はスタジオで、2ch分のみのIR生成をAltiverb上で即、実行。
Mono-Stereo仕様の、直前に録音された「スタジオ・グリーンバード STUDIO 1の音」がコントロール・ルームに!
「おぉーっ」
再現度の高さに、その場の一同がどよめきました。
後日のQUAD(クワッド)版の完成に期待が高まります。
【動画】数時間のセッティングの様子を1分間のダイジェスト・ムービーでご覧いただけます!更に、BGM途中からONされるAltiverbで、今回収録された“Studio GREENBIRD” IR の響きをお聴きいただけます!>>>
さて、ここで完成、と思いきや、スタジオ内ではすぐに「機材の配置換え」が・・・!
その理由:例えば弦のアンサンブル収録時と、バンドにおけるドラム収録では、スタジオを使用する向きが異なる事へのこだわり。
「縦と横では響きは異なるので」と。
同じスタジオ内で、再度の計測が進められます。
さすがに手馴れてきたスタジオチームのみなさんの作業進行。
はるかに早い時間で並べ替えられた、同じ機器群。
スタジオ&プラスアルファのマイク群のセッティングにはアレンジが加えられます。
再び、3度の録音。
スタジオ・グリーンバード、STUDIO 1の「縦」、「横」のIR、収録完了です!
と、先のスタジオ機器セッティング・チームは、更なる機器の移動を始めます。
STUDIO 1から運び出される、大量のマイク、スピーカー群。
上階にある中規模のスタジオ、STUDIO 3へ。
そう、もう1セッション、こちらSTUDIO 3のIRも同日に収録されるのです。
第一線を走るエンジニアのみなさんの恐るべき集中力。
同日3回目のセッションとなるSTUDIO 3でのセッティングは、前2回よりも更なる時短で進められます。
この日、3セット目の録音セッションも無事完了。
そして最後、古賀氏はスタジオではない、STUDIO 1とSTUDIO 3設置のEMTプレートリバーブ 140のIRも収録。
“スタジオ・グリーンバード「響き」収録プロジェクト”完了。
一流の、第一線のひとびとが集い、結実させた、ひとりの人間の熱い思い。
その場に集まったひとびとは、口をそろえて、
「楽しかった」
と。
この日の数時間の出来事が、次の音楽、音響、録音シーンに活かされん事を。
【関連情報】
★上記レポートで作成された『AUDIO EASE Altiverb』用IRデータが、Studio GREENBIRDさんのHPからのリンク先にて、期間限定ダウンロード配布されています。
◆スタジオグリーンバード・オフィシャルHP >>>
http://studiogreenbird.com/
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【関連記事】
・レポート:ピアニスト 岡本優子 レコーディング by 古賀健一
>>> https://www.ikebe-digital.com/?p=5993